今から4年前、89歳の時に自らが同性愛者であることを告白した男性がいる。長谷忠さん(93)だ。結婚をしたこともなく、同性のパートナーができたこともない。これまで差別が怖くて同性愛者であることを心に秘め、孤独と向き合う人生だった。
長谷さんの初恋の相手は小学校の男性教諭。その後も恋愛感情や性的魅力を感じる相手は男性ばかりだったが、自分と同じような性的指向を持つ人の存在もわからず、家族にさえ相談できなかったという。倉庫作業や清掃など様々な仕事を転々としてきた長谷さん。同性愛がばれるのが怖くて、仕事仲間と親密になるのを避けてきた。
1990年頃、世界保健機関が「同性愛は治療の対象ではない」と示すまで、同性愛は治療可能な「病気」と捉えられてきた。長谷さんは、こうした時代を生き抜く中、ペンネームを使った詩や小説の中で自分をさらけ出してきた。10代の頃から詩を書き始め、30代の頃には、詩人の新人賞としては最も歴史のある「現代詩手帖賞」を受賞。いまでも短歌や俳句を書き続けている。自分が生きてきた痕跡を残すためだという。人生最後の目標は、これまでの作品をまとめて出版することだ。
現在、日本では同性のパートナーと暮らす人たちも増え、同性婚を国に認めるよう求める動きも活発化している。「人と違うことを認め合える社会になってほしい」と願う長谷さん。93歳のゲイの日々を見つめながらこの国のゲイの歴史を振り返る。
ナレーション:小松由佳
長谷さんの初恋の相手は小学校の男性教諭。その後も恋愛感情や性的魅力を感じる相手は男性ばかりだったが、自分と同じような性的指向を持つ人の存在もわからず、家族にさえ相談できなかったという。倉庫作業や清掃など様々な仕事を転々としてきた長谷さん。同性愛がばれるのが怖くて、仕事仲間と親密になるのを避けてきた。
1990年頃、世界保健機関が「同性愛は治療の対象ではない」と示すまで、同性愛は治療可能な「病気」と捉えられてきた。長谷さんは、こうした時代を生き抜く中、ペンネームを使った詩や小説の中で自分をさらけ出してきた。10代の頃から詩を書き始め、30代の頃には、詩人の新人賞としては最も歴史のある「現代詩手帖賞」を受賞。いまでも短歌や俳句を書き続けている。自分が生きてきた痕跡を残すためだという。人生最後の目標は、これまでの作品をまとめて出版することだ。
現在、日本では同性のパートナーと暮らす人たちも増え、同性婚を国に認めるよう求める動きも活発化している。「人と違うことを認め合える社会になってほしい」と願う長谷さん。93歳のゲイの日々を見つめながらこの国のゲイの歴史を振り返る。
ナレーション:小松由佳
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