1995年に起きた阪神大震災の犠牲者の数は6434人、何度も報道されてきた数字だ。だが実は今も3人が行方不明とはあまり報道されていない。
2011年の東日本大震災では津波に流され、今も行方がわからない人の数は2529人にのぼり、捜索活動も続いている。都市を襲った直下型地震で、建物倒壊や火災で命を落とした人が大半だった阪神淡路大震災でなぜ3人の行方が依然として不明のままなのか…。
兵庫県加古川市に住む佐藤悦子さん(56)は、母・正子さん(当時65)の行方を今も探している。神戸市須磨区で一人暮らしをしていた正子さんのアパートは地震から数時間後、火災に見舞われた。連絡の取れない母を探して、悦子さんは周辺の病院や施設を訪ね歩いたが見つからなかった。自衛隊が何度もアパートを掘り起こしても骨のかけらも見つからなかった。半年後には、親戚に促され告別式をあげた。骨壺には焼失したアパートのがれきを入れたという。自分は遺族なのか、不明者家族なのか、佐藤さんは自問自答する。
阪神大震災をきっかけに災害時の救急医療体制、被災者支援、遺族のケアなど様々な課題が浮き彫りになり、国も対策をたててきた。そして、不明者家族の支援をする動きが医療者の間で少しづつ始まった。不明者家族の状況を「あいまいな喪失」「さよならのない別れ」という言葉で表すことで理解を深めていくことから始まるという。佐藤さんは25年の時を経てこの言葉に出会い、腑に落ちた。
表に出てこない災害直後の死亡者や不明者、家族たちの存在を私たちは忘れてはいけない。番組では震災以降、知られざる行方不明者に光を当て震災を考える。
ナレーション:大西みのり
2011年の東日本大震災では津波に流され、今も行方がわからない人の数は2529人にのぼり、捜索活動も続いている。都市を襲った直下型地震で、建物倒壊や火災で命を落とした人が大半だった阪神淡路大震災でなぜ3人の行方が依然として不明のままなのか…。
兵庫県加古川市に住む佐藤悦子さん(56)は、母・正子さん(当時65)の行方を今も探している。神戸市須磨区で一人暮らしをしていた正子さんのアパートは地震から数時間後、火災に見舞われた。連絡の取れない母を探して、悦子さんは周辺の病院や施設を訪ね歩いたが見つからなかった。自衛隊が何度もアパートを掘り起こしても骨のかけらも見つからなかった。半年後には、親戚に促され告別式をあげた。骨壺には焼失したアパートのがれきを入れたという。自分は遺族なのか、不明者家族なのか、佐藤さんは自問自答する。
阪神大震災をきっかけに災害時の救急医療体制、被災者支援、遺族のケアなど様々な課題が浮き彫りになり、国も対策をたててきた。そして、不明者家族の支援をする動きが医療者の間で少しづつ始まった。不明者家族の状況を「あいまいな喪失」「さよならのない別れ」という言葉で表すことで理解を深めていくことから始まるという。佐藤さんは25年の時を経てこの言葉に出会い、腑に落ちた。
表に出てこない災害直後の死亡者や不明者、家族たちの存在を私たちは忘れてはいけない。番組では震災以降、知られざる行方不明者に光を当て震災を考える。
ナレーション:大西みのり
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