神戸市長田区と福島県双葉町を頻繁に行き来する男性がいる。゙弘利(チョ・ホンリ)さん(69)だ。゙さんは在日コリアン3世として神戸市長田区の旧国鉄高架下のバラックで生まれ育った。貧困に苦しみ差別を受けながら、苦学の末28歳の時に一級建築士の資格を取得。長田で建築事務所を立ち上げた2年後の1995年、阪神・淡路大震災が起きた。事務所は焼失し多額の借金を抱えるが、゙さんはあることに気付く。災害に国境はないー。
それから゙さんは国内・海外で起きる自然災害の被災地に行き、支援活動を続けてきた。2002年のイランでの地震では学校を建設し、2004年の新潟県中越地震では、半年間住み込み生活を送りながら被災者の支援を行った。また、゙さんは建築士としての職能を活かす支援とともに、被災地の風景や人々の姿をスケッチで「記憶」として描き溜めてきた。
そして、2011年の東日本大震災。炊き出しやがれきの撤去を手伝っていたが、原発避難区域が気になり福島県双葉町に着目する。福島第一原発事故で全住民が町外での避難生活を送ることになった町だ。2022年6月、ようやく町の一部地域で避難指示が解除されることになった。
゙さんは双葉町の人々に「住まいや故郷の記憶を持ち続けて欲しい」と願い、町を記録し続けることにした。2022年9月の役場庁舎帰還までに100枚のスケッチを完成させるつもりだ。
神戸・長田の復興を見つめてきださんが、双葉町を記録して伝えたいこととはー。
ナレーター:湯浅真由美
それから゙さんは国内・海外で起きる自然災害の被災地に行き、支援活動を続けてきた。2002年のイランでの地震では学校を建設し、2004年の新潟県中越地震では、半年間住み込み生活を送りながら被災者の支援を行った。また、゙さんは建築士としての職能を活かす支援とともに、被災地の風景や人々の姿をスケッチで「記憶」として描き溜めてきた。
そして、2011年の東日本大震災。炊き出しやがれきの撤去を手伝っていたが、原発避難区域が気になり福島県双葉町に着目する。福島第一原発事故で全住民が町外での避難生活を送ることになった町だ。2022年6月、ようやく町の一部地域で避難指示が解除されることになった。
゙さんは双葉町の人々に「住まいや故郷の記憶を持ち続けて欲しい」と願い、町を記録し続けることにした。2022年9月の役場庁舎帰還までに100枚のスケッチを完成させるつもりだ。
神戸・長田の復興を見つめてきださんが、双葉町を記録して伝えたいこととはー。
ナレーター:湯浅真由美
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